『シマウマの縞 蝶の模様』

シマウマの縞 蝶の模様  エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源

シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源

進化論への反論としてよく言われる批判に、「遺伝子の変化だけではこれほどまでに多様な生物を作れないのではないか」というものがある。タンパク質をコードする遺伝子たちが自然淘汰によって生き死にを繰り返すだけで、大腸菌からヒトまでが生み出されるなどということはあるのだろうか。
本書はその疑問に答える。実は遺伝子から作られるタンパク質というのは、生物の身体を構成するものだけではない。他の遺伝子に働きかけて、そのオン・オフを切り替えるスイッチの役割を果たすものもあるのだ。そういうスイッチ・タンパク質の元となる遺伝子をスイッチ遺伝子と呼ぶ。スイッチ遺伝子は生物の身体を直接作るのではなく、他の遺伝子の機能をオン・オフする。当然、スイッチ遺伝子が他のスイッチ遺伝子に影響を与えるという連鎖も起きる。
スイッチの連鎖と聞いてコンピュータのCPUを思い浮かべた人もいるだろう。あなたが見ているこの画面も(もしプリントアウトしていなければ)、突き詰めればコンピュータの中で無数のスイッチがオン・オフすることによって作られている。現実の映像そのものみたいな3Dの映像だって、すべて同じ原理を使って計算され、出力される。数学的には「組み合わせ爆発」と呼ばれるが、要するにスイッチの数がちょっと増えるだけで、それに伴うオン・オフの組み合わせは大きく変動するのだ。
生物にとって重要なのは、スイッチ遺伝子によって遺伝子の使い回しができるようになるということだ。本書の著者であるキャロル氏は、蝶の羽にある目玉模様を作っている遺伝子が、実は昆虫の脚を形成している遺伝子と同じものであることを突き止めた。スイッチの入るタイミングをコントロールすることで、生物は身体の各所で遺伝子を使いまわしながら多様な形を作り出していることが分かったのだ。
生物の胚発生を扱う分野を発生学と言う。そして発生過程における進化の影響を研究する分野が発生進化生物学(英語名を略して「エボ・デボ」)だ。本書はエボ・デボ界の寵児である筆者が発生学の魅力を伝えるべく、一般の人に向けて書いた啓蒙書である。遺伝子スイッチの話を軸として、様々な生物の身体がどのように遺伝子の「応用」で作られていくかが縦横無尽に語られる。ユーモアのある筆致でたいへん面白く、分かりやすく、ためになるという、啓蒙書として申し分のない本だった。