『歴史を考えるヒント』

歴史を考えるヒント (新潮選書)

歴史を考えるヒント (新潮選書)

我々は言葉によって史料をたどり、歴史を知る。しかしその肝心の言葉をいったいどれほど正確に理解しているだろうか。
「時宜」という言葉は単に「ちょうどいい頃合い」というだけでなく「支配者の意にかなう」という意味だったかもしれない。翻訳書に出てくる「農村」という言葉は、実は単なる「村」を意味するヴィラージュ(village)の訳かもしれない。日本列島の歴史を「日本史」と呼んで済ませているが、そもそもどの時点から「日本」は存在したのだろうか。
歴史は更新され続ける。未来だけでなく、過去までも。歴史は言葉によって形作られるため、言葉の意味を正しく捉え直すことで、かつてあった歴史のイメージもがらりと変わってしまうことがあるのだ。
本書は言葉の意味や使い方に注意することで史料を正しく読み直し、それによって新しい歴史イメージを提示する。正しく使われていない、または意味が変わってしまって誤解されている言葉というのは意外と近くにあるものだ。例えば「百姓」とは何か。農民のことだというのが現代人の認識だろうけれど、次々と見つかっている新史料によれば、実は農業以外のたくさんの生活形態をも含む名称であったらしいことが分かる。実際この言葉は中国や韓国では「普通の人々」という意味しかないのだ。百姓が農民に限らないとすれば歴史認識は一変せざるを得ないだろう。農耕社会のイメージで描かれてきた江戸時代も、高度な流通システムを持つ商業社会に様変わりする。
言い慣わされた言葉に惑わされてはならない。正しい歴史を形作るためには正しい言葉遣いを知らなければならない。ヒントは正しく解釈してこそ役立つのだ。その思考法が歴史を考えるヒントそのものであるということを、本書は教えてくれる。