『この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう』

池上彰さんが2012年に東工大の教授になったあと初めて行った授業を単行本化したもの。僕は彼の本をかなり読んでいるのだけれど、内容については相変わらずの面白さで満足しました。ただ、単行本なのはどうしてだろう。まさに今をときめく学生さんにこそ読んでもらいたい本なのだから、手を出しやすい値段で(例えば新書で)出すとかいう話はなかったのかな、とか思った。まあそれはいいや。
ちょっと話は変わるけれど、人間の思考や行動にはところどころに「急所」とでも呼ぶべきものがある。例えば森信三という教育学者が提唱した「しつけの三大原則」を見てみよう。
(1)挨拶をする
(2)はっきり返事をする
(3)靴を揃え、椅子を入れる
3つ目は少々以外かもしれない。しかし不思議なことに、これらができると他のことも驚くほどできるようになる。教育の質を見抜く上で靴箱は急所なのだ。信じるかどうかはアレだけど、強いチームほど履物を揃えるなどという話もある。ちなみに僕はめちゃくちゃ弱い剣道部に所属していたことがあるのだけれど、そのときの靴置き場のカオスっぷりといったらもう本当にひどかった。そんな実体験からも、靴を揃えよという提言には深く頷いてしまうのだった。
まあとにかく、ここで言いたかったのは、偉大な教育者というのはそういう急所を心得ている者のことなのではないか、ということだ。回りくどくてすみません。
物事の説明に関しても同様に急所がある。例えば本書で池上さんは国際問題について語るにあたって、まずいろいろな国で作られている固有の世界地図を紹介する。これによって読者は(もちろん学生も)おそらく頭をガツンとやられることになる。世界は一つだが、世界の見方は一つではないのだ。中国の地図で北方四島が日本とロシアのどちらに分類されているか、という話によって外交についての重要な概念が解説される。続いてアメリカ人が使う北米を中心とした地図を見せられて、読者はまた目を開かされる。中東が真っ二つに切れて左右の端に分かれてしまっているではないか。アメリカ人がイラクの位置を知らないということが話題になったりもするけれど、その理由の一端がここで掴めるだろう。
池上さんの「分かりやすさ」というのは、優しさではない。やるときにはガツンとやってくる。しかしそれは思考の急所を突いた一撃で、やられたほうは目からうろこが落ちるのだ。ただの平易な説明とはそこが違う。口を開けて待っているだけだった学生もきっと、この知的刺激を受けて自分の足で立とうと思うようになるのではないだろうか。もちろん、本書を読んだ多くの人も。